,子どもの絵に表れる枠について  


  養護学校のM児は、身辺面ではかなりのところまで自分ひとりででき、言葉も状況にあった 二語文程度を話せ、少々恐がりな面もあるが、ボール遊びが大好きなとてもおおらかな中学1年生です。そのM児と毎日10分間昨日あったこと、学園に帰ってからのことなどの話を聞きながら、絵を描き続けてきました。M児はなぐりn描きの錯画期から偶然にできた形に命名する命名期、顔面興味期あたりの描画発達をしています。描いている途中でマルが人の顔になったり、バスになったり表現途中でイメージがかわり、また嫌になって、なぐり描きをしたりと日々いろいろな絵を描いています。M児の絵に、画用紙の四隅に沿って枠を描くことが多く、気になってみてきました。

なぜ彼は最初に枠を描くのか


 枠を描くことでその中に自分の世界を安心して描くことができるのか。それとも何を描いてよいのかわからずまず枠を描くのか。考えてみたが、確かな答えはわかりませんでした。
   
 伊那養護学校にきてからも子どもの中にまず枠を描く子が何人かいました。また自分の子どもの絵にも、幼稚園の子どもの絵にも枠を描く子どもが何人かいました。わたしは学生時代からジャコメッテイーやジャクソン・ポロック、クレーに興味を持ってかれらの作品を観てきました。彼らの作品にも枠を描いたり、塗り残したりして作品を作っている時期があり、子どもの枠を描く行為と共通する何かがあるのではと考えるようになりました。
    
はじめに子どもの世界をどうみるか その行為とその意味
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NHK
ブックスから津守真氏の考えを紹介します。−
 「子供の描画は、子供が自分自身に宛てた手紙のようなものである。そこには子供の世界が表現される。」
津守真氏は紙の縁に沿って描く行為についてこう記述している。

 「子どもが一つの線を自分で描き始めたときに、それを子ども自身の表現と認めていると次第に子どもは自分自身をそこにこめて描く。最初は、子どもは自分の思うように描けなくても、何枚か描くうちに、個性的な子どもの世界の本質が表現された描画が表れる。」
 「描画2は、ちょうどたまたまわたしの家にきた三歳の女児が描いた描画である。鉛筆で紙の上縁にそって真っ直ぐに線を引き、紙の端までゆくと右縁に沿って下方に向かい、こうして紙の縁に沿って四角く描いてあと、真ん中に曲線のかたまりを描いた。この子が紙の四隅に沿って描いたのは、与えられた枠に沿って行動しようとするあらわる心のわれであろうと私は省察する。この枠は両親でもあろうか、年齢の近い姉でもあろう。」
 「この子はいつも姉のするとおりに同じことがしたい。そのために精一杯の努力をする。 自分でできる活動を自分で見つけるのを待つ。この子は紙の縁の沿って四角に縁を描いた後、その真ん中に曲線のかたまりをかく。紙のへりに沿って真っ直ぐに線を描くのは、その枠に従おうとする努力を要する。その緊張感は、ときに子どもにとって負担になるだろう。真ん中に曲線のかたまりをかくときは、子どもは緊張感から 解放されて、自分が思うように描くようになる。」  
 津守氏の「紙の四隅に沿って描いたのは、与えられた枠に沿って行動しようとする心のあらわれであろう」と省察にいたった経緯のなかに描いた女児の朝からの行動、心理的側面、母親、姉との関係の中から導き出してきたある側面の考えであると思う。
 しかし果たしてそれだけであるのか。わたしが松本養護学校時代に毎日描いていたMくんもとても臆病で、教師に対して怖いということを口にする子どもであったので、津守氏のいうように与えらた枠に沿って行動しようとする面もあっただろう。

 もうひとつ側面として真っ白い四角の画用紙に対する恐怖心、緊張感を和らげる、自分の空間にしたい面もあったのではと考えられないか
 津守氏も述べているが、「この描画3は罫紙の線と紙の縁の沿って直線を描こうとしている。直線を引くのには、子どもは注意深く一定方向に手を動かさなくてはならない。罫線、紙の縁という与えられた規準従おうとする心の動きをみることができる。その線は数多く表れる。」    
ここでいえることはすでに2歳5ヶ月のP子はこの時点で他者の存在を意識し(ここでは方眼紙)描いているということ。なにを描くというより、あたえらた紙そのものとどう関われるか方眼紙の線に沿って描いてみる。そしてその後中央には曲線の自由な動きが描かれるのではないか。

このことについて津守氏は
「1,ひとりで調子よく戸外を歩き回る自由さ 2,「イイ?イイ?」と何度も大人に確かめる慎重さこの両方がひとつの画面にあらわれている」と述べている。
わたしとしてはさらに枠を描くことで白い紙に対して恐怖心が取り除かれ安心して、次の活動に移れるように思えるがどうであろうか。

      M 児も4月はじめはおどおどしてなにを描いたよいか迷っていた。そこには他者に対する恐怖(対教師)と四角い真っ白い画用紙に対し  ての恐怖があったのかもしれない。日が経つにつれて教師との人間関係もでき、画用紙に沿って描くことで安心し、だんだんおおらかに描け  るようになったと考えられる。5月にもなると、枠は描いてもその中におとうさんやおばあちゃんが生き生きと描かれたり、友達の顔の中ま  でとてもくわしく描け内容も豊かになってきた。           
   津守氏はさらに描画6について紙の縁に沿って直角に折れて進む直線が描かれ、紙の下縁に沿って別の直線が、そして中央には、曲線の自  由な動きが描かれる。また描画7には四辺に沿って切り進むと、紙は細長く下に垂れる。床の上に置くとそれは渦巻き型になる。規準線に   従う直線の動きから、直線とは対照的な渦巻き型が生まれることを
P子は発見したと述べている。 

  
P子は2歳代に約60枚の絵を描いたが二つの対照的な性質の線から成っていることを並べてみて 初めて気づいたようである。                                 
    1,曲線の自由な動きの線

    2,それを引きとどめる規準線

2歳というおさない年齢で、対極のダイナミクスが直感的にとられられているとまとめている。
他者を認識しながら他者とは違った自分自身の世界を作るのは、双方の受動性が生きるように調節する教師なり保育者の働きが必要としている。とるに足らない身近な小さなことなどでも、放っておいても誰でもが能動的に自分の世界を作ることぐらいできると思われがちである。M児にしろP子にしても他者や規準線を意識しながらも安心して自由に描くことを求める姿を改めて認識することができた。

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