枠と円を閉じることについて
大学の絵画実習以外では現代美術の動向と絵画の枠について考えてきた。大学図書館で「長坂光彦先生の研究」―幼児画の発達についての紹介が教育美術に掲載されていたのをふとみて、この中の円を閉ざすことと私が気にしてきた子供達の絵に表れる枠の問題と何か共通点がないか気になり、長坂光彦先生の 研究についてしらべてみることにした。杉並区中瀬幼稚園園長井口佳子先生にお会いして生前の長坂先生について話を伺った。先生は元大妻女子大学教授で40年近く幼児の絵について深く興味をもたれて惜しくも病気のために研究なかばで亡くなられた。先生の講演の記録や談話、執筆されたものなどを参考に先生の考えを雑誌に載せた。長坂先生の考えについてその一部を井口先生の考えとあわせながら紹介します。
1. 円形スクリブルの発生
子どもは直立歩行が可能になり、手が前足の役割から開放されて人間の手として機能を獲得する ころ スクルブルが始まる。(だいたい1歳3ヶ月ごろ)スクルブルも注意してみるとき順序性がある。また内側から外への方向性を持っている。
2. なぜ、円形スクリブルなのか
人間が生きている宇宙は、螺旋、つまり渦巻きの状態。私たちの住んでいる地球も自転しながら 太陽の周りを公転している。人間も大きな宇宙と呼応して存在し、その体は小さな宇宙といえないか。幼児が円形スクルブルに熱中するのは、至極自然なことであり、生命的リズムの中の快感がある。
3. 円へ向かう
この円形スクルブルは次第にスピードを弱め、目と手の協応がしっかりしたものになると単独円に近いものになる。やがて人間発達のひとつの節目である「円が閉じる」ことになる。(三才前後)
4. 幼児にとって円とは何か
子どもの手がはじめて2次元空間である紙の上をはじめて閉じた円で区切ったとき子どもはその中に高い密度を感じます。演習で閉じたられた内部はモノになり、円はモノがそこにあることのしるしとなる。子どもにとってはたいせつな何かなのです。閉じた円は子どもにとって自分自身なのです。円が描けるようになったことは、その子が人間としてある節目をクリアしたことになるし、絵画表現の出発点になる。
円図形の獲得は、子どもに対して表現の可能性を大きく広げることになる。それによって、子どもは、じぶんを取り巻くあらゆるものを(象徴的であるが)表現することの最初の手だてを得たことになる。
5. どのような節目に円を閉じるか
ひとりでいたり、一人遊びの段階から緊張し不安もあるが、外界の世界へほんの少しずつであるが自分からはたらきはじめようになった事例がある。外界と積極的にかかわろうとする気持ち=コミュニケーションとは深いつながりがある。
井口先生は子どもの絵について
子どもの絵は大人の絵とは違う。
今描ける力を生かして精一杯描いている。
たくさんの子どもの絵を見る。
客観的に見た段階ではなく自分が見た、感じた段階⇒画面の上で遊んでいる。
画面から離れて客観的に描けるようになる。
発達の道筋で円が描けるようになる。⇒人間になる。この道筋を知らないと
4歳ごろ自分で自分が評価できるのができないで、自信がなくなる。
長坂先生の考えのもとには、多くの子どもと子どもの絵と接する中で培ったのであると思う。子どもは心身の発達と同様に、幼児画の発達も一定の順序性がある。しかし描画発達の各段階を通過する姿には、大きな個人差が見られること。そのような発達の遅速にもかかわらず、大きな展望から言えば、どの子も必ず一定の筋道を通って発達していく。このような考えの上にたって一人ひとりの子どもとその子どもの絵と接してきたと思う。その中でも単独円を描きはじめることについてこれほどくわしく、また大きく取り上げた人は少ないと思われる。
『「円が描けるようになったな」と認めるだけでなく、円の獲得が、その子の絵画表現のうえに、なにをもたらすことになるのかーその点に目をとめてほしいのです。円の獲得は、やがて画面上に円を連ねる遊びと「図形の組み立て」へと道を開きます。子どもの絵は、まだ形態的ではありません。しかし、これはまさに絵画世界への出発点を意味するのです。』長坂先生がこのように言っていることを自分なりに再考してみたい。
円が描けること
@肩、肘、手首が協応して動く
A目が自分の描いた線をしっかり見ていること
B起筆点に合わせようとする意志
この3点ができて、はじめて円が描ける。
絵画世界への出発点とは
@2次元空間の画用紙に描くということ
A矩形の中に円を描くということ
B閉じた円を描くということ
C円の内部はモノに見立てられる
D閉じることにより円の外の空間とモノに分けることができる。
Eモノに意味付けをすることができる。
F紙の上に象徴的な形で表出できる。
Gひとつの伝達手段そして遊びの空間になる。
H自分の心や考え方を伝達を含む表現の段階
現代絵画は@からHの段階を逆に戻る形をとっているようである。Dのことはイリュージョンと紙との区別を示しているが、イリュージョン を排し、紙そのものに戻ろうとしている。絵画を還元していくと絵画の出発点に戻る何か皮肉なことのように思えるが、ゼロら出発してゼロに戻るのではないと信じている。
参考文献・本
はじめに子どもの世界をどうみるか その行為とその意味 津守真 NHKブックス
児童画のロゴス身体性と視覚 鬼丸吉弘 現代美学双書
絵画製作・造形 長坂光彦 編著 川島書店
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